雑記帳第47回「春宵夢譚」


 先日、中学校の同期生が集まって、「喜寿を祝う会」が催されました。卒業時点の総数は約700名で、今回集まったのは60数名と、まあ1割弱といったところです。40歳の時に初めて同期会をやり、以降50歳、60歳(還暦)、70歳(古希)と節目ごとに集まってきましたが、もう今回が最後になるだろうという世話人間の暗黙の了解の下での準備だったようです。実際全国に散らばっている同期生の消息を探りつつ案内状を出し、参加人数の確認、プログラムの作成、会場設営、受付等と、無事終わるまで高齢者にとっては本当に大変な作業の連続です。そんな世話人達の苦労はともかくとして、いったん会場の中に入れば、男女問わず皆すぐに打ち解け、そこに1杯、2杯の酒が入ればもう話は果てしなく盛り上がります。700名という数の中からの参加ですから、在学中一度も口をきいたことがないという面々も結構いるのですが、根っこに同じ学校で同じ時代を生きてきたという意識がある故でしょう、最初から心の壁は極めて低くなっていて、なんの遠慮もなく話は弾みます。そんな感じで、同期会の集まりは何物にも代えがたい味わいがあるものです。


 こういう仲間うち意識というか、些か上品に言えば絆意識というものは、いろいろな場面で自然に表れてきます。例えば、居酒屋でたまたま居合わせた人が同じ地域に住んでいるとか、出身地が同じであると分かると、途端に話のネタが湧き出てきます。もちろん学校の同窓生であればなおさらです。共通の知人のこと、恩師のこと、部活のことなどで話は尽きません。その結果、飲み代をおごり、又はおごられるに至ることもあります。因みに、同窓生の連帯意識の実態としては、どうも宮城県の場合は高校の同窓会が一番強いように感じます。これは、大学時代は殆どまじめに授業を受けなかったという私の個人的な経験の所以なのか、或いは宮城県の県民性とでも言うべき一般性のあるものなのかはよく分かりません。


 仲間うち意識の発露をまた別の場面で考えると、例えばどこかに旅に出てたまたま同じ観光地を巡っている人が同じ県から来たと分かると、自然にあれこれ話をしたくなります。さらに、外国に行って、近くにいる人が日本人だと分かるとやはり安心して声をかけたくなります。この伝で言うと、遠い将来に宇宙旅行が日常的になって、誰でも月や火星や金星に気軽に行くようになると、人種、宗教を問わず同じ地球から来たという、ただそのことだけで仲良くなれるかもしれません。とは言っても、実際に宇宙旅行が一般化するのはいつのことか分かりませんし、仮に実現したとしても、その行った先で地球人が皆仲良くなれるかは、そうそう能天気な話ではないはずです。まあ、今のところはそんな夢を見るだけで良しとしておきましょう。

会長 小 林 伸 一