雑記帳第49回「常盤台霊苑について」


 終戦の日の8月15日には日本武道館において天皇皇后両陛下のご臨席を賜り全国戦没者追悼式が行われますが、県内各地においても8月から9月にかけてそれぞれの地域で戦没者慰霊祭や追悼式が行われている。仙台市青葉区小松島には、宮城県関係の戦没者を慰霊するための施設として「常盤台霊苑」が設置されている。宮城県史や宮城県のホームページによれば、昭和28年に国から譲渡を受け、戦没者慰霊の合葬碑等を建立し、慰霊祭等を行っているが、一般には開放していないため許可なく立ち入ることはできない。


 常盤台霊苑の歴史を紐解くと明治4年に東北鎮台(後の仙台鎮台)が設置されるや仙台市向山鹿落地区に仙台陸軍墓地が設けられた。明治8年には歩兵第四連隊の創設で兵員が増加。その後他の部隊(輺重(しちょう)、砲兵、工兵、騎兵等)の設置もあり墓地拡張の必要から、明治9年現在地(旧町名:宮城郡原町小田原)に新たな陸軍墓地を整備。鹿落の陸軍墓地は明治25年に廃止され現在地に改葬された。終戦に伴い、旧陸軍は廃止され陸軍墓地は一旦国有財産として大蔵省の所管となったが、国の独立後、昭和28年11月10日大蔵省指令第980号により宮城県に無償譲渡された。その際に常盤台霊苑と改称し、以後、県有の戦没者慰霊施設として現在に至っている。設置されている墓碑の概要は次のとおりである。


  霊苑面積  11,570.24㎡(約3500坪)
  墓  石  明治37、38年戦歿病歿者之墓碑(499柱)  明治40年3月建立
        満州事変戦死病歿者合葬之墓(1,137柱)   昭和8年10月建立
        大東亜戦争戦歿勇士合葬之墓(13,744柱)  昭和28年11月建立
        個人墓石(367基)、合葬墓石(7基、198柱)
  その他   ガ島戦没者郷土将士留魂の碑  昭和47年4月建立(ガ島:ガダルカナル島)
        元歩兵104連隊戦没者忠魂碑  昭和50年4月建立
        元満州独立守備歩兵第二大隊慰霊碑  昭和51年4月建立

 

 季節毎に桜の花や藤の花等が咲くきれいな霊苑でこれらの墓碑は何を訴えているのか。凍てつく極寒の荒野で、あるいは灼熱の南方地域において、祖国の平和と発展を願い、家族を案じつつ、苛烈を極めた戦闘の中で傷つき、斃れ、あるいは、戦後においても異郷の地に残され、飢えや病気に苦しみながら帰らぬ人となった将兵がいたことを、また、かけがえのない人を失った悲しさ、寂しさと貧困にあえいだ家族がいたことをと忘れないでほしいと訴えているのではないか。戦争は悲惨である。我々は平和のありがたさを学ばなければならない。

副会長 千葉 裕一